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名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)2070号 判決 1974年4月04日

原告

西田実

外二名

右訴訟代理人

黒川厚雄

外一名

被告

産婦人科近藤病院(旧名称近藤産婦人科医院)こと

近藤東樹

右訴訟代理人

大脇松太郎

外三名

主文

一、被告は原告西田実に対し金二、二九一、〇〇〇円、および内金一、三〇〇、〇〇〇円に対し昭和四二年六月二一日から、内金九九一、〇〇〇円に対し昭和四五年九月二日から各完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告は原告西田真一、同西田恵美子に対し各金一、九九一、五〇〇円、および各内金一、〇〇〇、〇〇〇円に対し昭和四二年六月二一日から、各内金九九一、五〇〇円に対し昭和四五年九月二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、原告らのその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

五、この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告西田実に対し二、二九一、〇〇〇円、同西田真一に対し金一、九九一、五〇〇円、同西田恵美子に対し金一、九九一、五〇〇円と右各金員に対する昭和四二年六月二一日より各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張<略>

第三  証拠<略>

理由

一近藤医院が主として産婦人科・内科を専門とする医院であり、被告は右医院を経営し、名市大病院からの派遣医師および看護婦を雇つて、同人らに診察、治療を委ねていたことは当事者間に争いがない。

二そして節子が昭和四二年六月二一日近藤医院に診察、治療、処置を求めて来院し、被告がパートで臨時的に雇つた名市大医局員川口医師を通じて被告との間で診療契約(その内容については後述する。)を締結したこと、それに基づき川口医師が節子の手術を行なうこととなり、その際節子に対し全身麻酔薬ラボナールを静脈注射したが、術中節子の呼吸が不規則となり咳をはじめ、脈搏弱となり、顔面はチアノーゼ症状を呈し、呼吸抑制、停止現象をきたし、同日、同医院において死亡したことは当事者間に争いがない。

三そこで診療契約の内容について判断する。

(一)  <証拠略>によれば、本件診療契約の内容につき次のように説明されている。

(1)  節子は、過去四回の妊娠のうち、自然流産一回、人工妊娠中絶一回(順調)、分娩回数二回の経歴を有し、今回は五回目の妊娠であつた。

(2)  昭和四二年六月二一日午前九時三〇分ころ、川口医師が節子を診察したところ、同人より同年四月中旬ころよりつわりの症状があること、当日朝から腹が痛くなつて出血があつたことを聞き、更に検査により、膣分泌物が血をおび、血塊を混じ、子宮口一指挿入可能と子宮口が開いていたことから妊娠三ケ月進行性流産と診断した。

(3)  進行性流産とは、切迫流産の過程を経て、現に流産状態が進行している状態であり治療によつて救い得ず、放置しておくならば、ときには大出血を伴なうこともあるため、川口医師は節子に対してその旨を告げ、早期に子宮内容清掃術をする必要がある旨を説明したところ、節子も右手術に同意した。

なお、右渡辺金三郎の証言は、本件カルテの写し(後記の如く疑問の存する)が真実であることを前提とした証言であり、実質的には、本件事故の担当医師たる川口渉の証言と甲第一一号証の信用性にかかるものであつて、直ちに後記認定を覆すに足るものではない。

しかしながら、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。

(4)  節子は近藤医院へ出向く前は、当日朝五時に起床し、炊事・洗濯をしてから六時半頃食事をし、隣人と元気に話をしていた等普段と変るところがなく、又、家人にも何らの異状苦痛をも訴えていなかつた。

(5)  もし、進行性流産であるならば、保険診療の対象となるにもかかわらず、本件では一般診療の取扱いであつて、いわゆる法定外の人工妊娠中絶の場合(優生保護法一四条参照)と同様の扱いである。

(6)  当時、カルテの原本が名古屋医師会に提出されたが、本訴訟においては、その原本が紛失したとのことで提出されていない。

(7)  川口医師は本件事故を警察に届ける義務があることを知りながら、自己の属する名市大病院の医局に連絡したのみで、自分では警察に届けていない。

(8)  川口医師は優生保護法による指定医の資格を有していなかつた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

のみならず本件カルテの写し(甲第一一号証)を検すれば、「既応症」欄の後段の文字、「主訴および現症」欄の四、五行と下から三行分の文字が、その余の諸文字と比べて、文字の大きさ、運筆が若干異つていること、そして、他の文字と異つている右部分が、「下腹痛あり」「出血あり」「膣分泌物、血性、凝血混じる」「子宮口一指挿入可能」等、正に進行性流産の診断基準となつているものであることが窺われる。

(二)  右認定の諸事実を総合すると、被告主張の進行性流産・妊娠三ケ月の子宮内容清掃術を施したとの点は、その緊急性の点で疑問があつてたやすく首肯し難く、むしろ、指定医の資格を有しない川口医師が、法定外の人工妊娠中絶の手術を行ない、その発覚をおそれたために、事後の諸措置に不明瞭な点が残つたものというべく、従つて、本件診療契約は、節子の胎内に存する妊娠三ケ月の胎児を人工的に体外に排出し、同女を非妊娠状態の健康体とする、いわゆる人工妊娠中絶の手術行為およびこれに伴う診療をなすことを目的とする診療契約であつたと推認される。

四第一次請求原因(債務不履行責任)について

節子と被告との間の前記契約によれば、被告は、節子の胎内の胎児を人工的に体外に排出し、節子を非妊娠状態の健康体に回復せしめる手術およびこれに伴う診療をなすべき債務を負つていたところ、右手術完了前に節子が死亡したことにより、被告の右債務は履行不能になつたものというべきである。

ところで、被告は右履行不能の結果が生じたことにつき、被告には帰責事由はない旨抗争するから、以下これについて検討する。

(一)  節子の死因

<証拠略>を総合すれば次の事実が認められる。

(1)  川口医師が本件手術を行なうに際し、全身麻酔のためラボナールを静脈注射し、節子が昏酔状態になつたことを確認して、子宮頸管を拡張し、次いで子宮内より内容物を排泄している最中(麻酔注射後一〇分位経過したころ)、突如節子は呼吸不規則となり、咳をはじめ顔面はチアノーゼ症状を呈し、脈搏弱となり、呼吸抑制・停止現象をきたし、同日二時ころ、同病院において死亡した。

(2)  右ラボールはチオペンタールナトリウム、乾燥炭酸ナトリウムを含有する薬剤で、吸収排泄共に早く、麻酔の導入が極めて円滑で覚醒も早く、投与法も簡易であることから、戦後特に短時間全身麻酔に広く使われるようになつたものであつて、以上のような長所を有する麻酔薬である反面、強い呼吸・循環の抑制作用をもつており、心停止等の合併症を発生させ、生命の危険があり得るので、これらの副作用を防ぐため、呼吸循環刺激剤アトムリンを混合したラボナールAが作られた。そして、ラボナール溶液を肘静脈より注入する量は個人差があるし、患者の全身状態にもよるため一定の基準はないが、患者の状態を詳細に観察しながら徐々に注入し三〇秒間位麻酔の程度を観察し、通常はラボナール麻酔の副作用によるショック死は手術にまだ入らない段階で発生する例が多いが、晩発性のものもあり、従つて注入時は勿論、注入後も覚醒するまでは呼吸・循環の抑制・停止現象の発生につき絶えず配意することが必要である。又、近時、ラボナール麻酔によるショック死が問題とされ、医学雑誌や麻酔学の講義においてラボナールの静脈麻酔は麻酔医でも相当緊張して行なう麻酔法であるといわれていた。

(3)  そして、節子の死体解剖所見によれば、肝臓・腎臓の混濁腫張、頭皮の内面、脳の表面膜、脳のうつ血、脳浮腫、腹腔内面、大網膜、諸腸漿膜面、腸間膜、腹腔、骨盤腔内の充血、心室の拡大が見られ、又、子宮は妊娠子宮であり、しかも掻爬をした子宮内膜の状態を示しており、更に人工妊娠中絶時に問題とされる空気栓塞の所見も認められないことから、ラボナール麻酔によるショック死と推定されている。

以上(1)ないし(3)の事実よりすれば、節子の死因は、ラボナールの静脈麻酔の呼吸系副作用によるショック死であると推認される。

なお、<証拠略>には、ラボナール麻酔によるショック死のほかに羊水栓塞症が死因であることも考えられ、もし、それであるならば現代の医学では治療法がなく不可抗力である旨の供述があるが、同人の供述によつても殆どの場合、ラボナール麻酔によるショック死であつて、羊水栓塞症ということは、あくまで可能性としてありうるという推測にとどまるものであつてなんら右認定の妨げとなるものではなく、他には右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  本件麻酔の経過

<証拠略>によれば、本件麻酔の経過は次のとおりであつたことが認められる。

(1)  昭和四二年六月二一日午後一時ころ、近藤医院の外来診察室において本件手術が開始されることとなり、それに先だち、川口医師は血圧、眼瞼結膜、血色素、胸部検査をし、いずれも異常がなく、子宮内容清掃術に耐えうる体であることを確認し、然る後同日午後一時五分ころ本件手術を開始した。

(2)  川口医師は、右術を施行するに際し、節子の子宮口がかき出し用の医療器具が挿入できる程度に開いていなかつたので、麻酔をかける必要を感じ、その麻酔薬としてラボナールを選定した。

(3)  ところが、川口医師は麻酔合併症の発生を未然に防止するために必要とされるアトロピン、スコポラミン等の前投与を行なわず、又、麻酔合併症の発生に備えるための酸素ボンベは右診療台近くに置いてなく、又、麻酔器、人工呼吸器等は同医院には設置されていなかつた。

(4)  本件手術は、川口医師のほか二名の看護婦が立会つたが、川口医師がラボナールの静脈注射を始めるときには、一人は節子の頭の方に位置し、舌根沈下・気道閉塞を防止するために顎を支えており、もう一人は節子の右側で脈をとつていた。

(5)  川口医師は、0.3グラムのラボーナールを溶かした二〇CCの溶液を節子の状態を見ながら、徐々に静脈注射したところ、一五CC程注射した段階で深麻酔に入り、節子は意識喪失状態となつたが、この時点での節子の呼吸は正常であつた。

(6)  その後、川口医師は、ヘガール氏頸管拡張器を一二号まで使用して子宮頸管を拡張し、子宮消息子を使つて子宮の長さを測定し、次いで絨毛組織、凝血魂、胎児性物質等の子宮内容物を大部分排泄し、卵膜になるものとか、卵黄のうを残すのみとなつたとき(麻酔注射をしてからおよそ一〇分後)、節子が咳をしたのに気付き、同女の顔面を見たところ、チアノーゼ症状を呈し、呼吸不規則となつていつた。

そして、それとほぼ同時位に、附添の看護婦も脈搏の微弱に気付いた。

(7)  川口医師は、ラボナール麻酔による副作用と考え、ピタカンファー(心臓機能促進剤)一箇およびテラプチック(呼吸機能促進剤)一箇の各筋肉注射をし、更に人工呼吸として節子の不規則な呼吸を助けるため節子の胸に手を添えて補助呼吸させた。

(8)  次いで、節子の呼吸がチェンストーク状となつたため、更に川口医師は副腎機能不全によるショックの場合をも考え、プレドニン静脈注射をうち、更に循環系統不全防止のため左下肢足頸部からブドウ糖の点滴静注を始めた。

(9)  そして、ネオフイリンM(心臓機能促進・離尿作用促進剤)を筋肉注射したが、脈搏測定不能となり、更にビタカンフアー、テラプチックを注射したが及ばず、呼吸停止・心音聴取不能になり、午後二時節子が死亡するに至つた。以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

(三)  川口医師の過失

前(一)認定の如く、ラボナール静脈注射による全身麻酔は、有効な麻酔方法である反面、呼吸・循環の抑制・停止等急激に患者の生命に危険をもたらすような副作用を伴うものであるから、これを使用して麻酔行為を行なう医師は、このような副作用の発生を未然に防止すべく最善の努力をなすことは勿論のこと、万が一の事態発生に備えて、その早期の発見の努力とそれに対応する敏速適切な措置をとるべき注意義務が課せられているというべきである。

そこで、以下右義務が遵守されたか否かを検討する。

(1)  麻酔前の措置について

前(一)認定のとおり、ラボナール静脈麻酔によるショック死に配慮すべきことは、医師として当然知つていたか或は知りえたものであるから、担当医師としては、麻酔前に右予防のため手術の一時間前にアトロピン・スコポラミンの皮下注射をすべきであつたが、川口医師は右措置を怠つた。

更に、呼吸抑制等の危険な症状が発生することを慮り、そのための応急措置として酸素ボンベは必須器具であるから、身近な所におきすぐに使用できる状態にしておくべきであるにもかかわらず、川口医師は手術台の傍に設置することをせず、本件事故において結局、最後まで使用されることはなかつた。

(2)  術中の患者看護について

前(一)認定のとおり、ラボーナール麻酔の副作用には晩発性の場合もある以上、患者が麻酔から覚醒するまでは、呼吸・循環の抑制・停止等の発生を早期に発見して、迅速適確に処置するため、医師と看護婦が一体となつて患者の容態を観察する体制が必要であり、殊に、医師は、術中患部を注視しているのであるから看護婦をして十分に容態の観察をなさしめる必要がある。然るに、前記認定の如く節子の異状の発見が遅れたというのは、川口医師がたまたま名市大より来て看護婦の経験年数、技倆、知識の程度も知らなかつた(看護婦の氏名すら知らなかつた)ことを考えあわせると、漫然とそれら看護婦に節子の看護を委ねたのみで、十分に節子の容態の観察体制が組まれていなかつたものといわねばならない。

そして、右のような諸点に川口医師が十分な配慮を尽していたならば、節子の死亡という不幸な結果を避け得たと解する余地があることは否定できず、結局、川口医師の本件麻酔行為には右措置を怠つた過失があつたものといわざるを得ない。

従つて、被告の帰責事由がない旨の抗弁は採用することができない。

(3)  被告は、本件事故当時、被告医院は医療法にいう「病院」ではなく、医療法二一条の適用を受けないし、設備内容は法定されていないのであるから、診療契約の内容も病院のそれとは異なり、右(二)の如き治療で十分である旨主張する。それとは異なり、右(二)の如き治療で十分である旨主張する。

なる程、実際の医療行為は、それがなされる環境・条件を無視することはできず、総合病院、病院、診療所では物的・人的設備に差異があるのであるから、診療契約の内容、過失の責任の有無につき異なつてくる場合もあるであろうことは否めないところではあろうが、だからといつて直ちにこの一事をもつて前(1)(2)の措置まで不要であるとは到底いうことができない。

よつて、被告の右主張も採用のかぎりでない。

(四)  被告の賠償責任

以上(一)ないし(三)において認定したところからすれば、被告は前記契約上の責務の履行にあたり、その履行補助者たる川口医師の過失により節子を死亡させ、右債務の履行を不能にしたのであるから、これによつて生じた損害を賠償する義務があるものである。

(五)  損害

1  節子の逸失利益

(1) <証拠略>によれば、節子は、死亡するまで健康な体の主婦であり、死亡当時満三一才であつたことが認められ、公刊物である運輸省自動車局保障課作成の「政府の自動車損害賠償保障事業損害算定基準」によれば、三一才の女性の就労可能年数は三〇年以上であることが認められる。

(2) そして、節子は主婦として家事労働に従事していたものであるが、これを金銭に見積ると、当時の全国女子労働者の平均賃金に相当する価値を有するものであり、右は公刊物たる総理府統計局編「昭和四三年第一九回日本統計年鑑」によれば、昭和四二年度における全国女子労働者の平均賃金は一ケ月金二七、五〇〇円であることが認められ、又、節子の一ケ月の生活費はその収入の二分の一と解するのが相当であるから、残り二分の一が同女の一ケ月の得べかりし利益であり、それに一二を乗じたものが一年間の得べかりし利益である。

(3) よつて、節子の三〇年間の得べかりし利益をホフマン式算定法によつて求めると金二、九七四、七八五円となる。

(4) <証拠略>によれば、原告実は節子の夫、原告真一、同恵美子は節子の子であり右三名が節子の相続人であることが認められるので、節子が喪失した右得べかりし利益金二、九七四、七八五円相当の損害賠償請求権を各々、法定相続分に従い、三分の一にあたる金九九一、五九五円を相続したこととなる。

2  弁護士費用、原告らの慰藉料

原告らは、本訴訟の弁護士費用と節子の死亡による固有の慰藉料を債務不履行による損害として請求している。しかし、契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求は、契約当事者たる債権者においてなしうるものであり、本件診療契約の当事者ではない原告らは、損害として請求する根拠を有しない。

従つて、弁護士費用と原告らの慰藉料は、第一次請求原因による損害には含まれないといわなければならず、この点の原告らの請求は理由がない。

(六)  よつて、第一次請求原因に基づき、被告は原告実に対して、その請求の範囲内である金九九一、〇〇〇円とこれに対する昭和四五年九月二日(付帯請求の起算日については、本訴状の送達により右債務が履行遅滞になつたと解するところ、本件訴状送逮の翌日は昭和四五年九月二日であること記録上明らかである)から右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、又、原告真一、同恵美子に対して、その請求の範囲内である各金九九一、五〇〇円とこれに対する前記の昭和四五年九月二日から右各完済に至るまで前記年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うべき義務がある。

三第二次請求原因(不法行為責任)について

(一)  原告らの逸失利益の請求については、第一次請求原因に対する判断において既に説示したところであるので、ここでは原告実の弁護士費用と、原告らの慰藉料の請求について判断することとする。

(二)  前四(三)で説示したように、川口医師の本件麻酔行為には、過失があつたものというべく、節子の死亡は右過失に基因することが明らかであるので、被告が川口医師の選任・監督につき相当な注意をしたと認めるに足りる証拠がない本件においては、被告は使用者としての責任を免れないものといわなければならない。

(三)  原告らの慰藉料

<証拠略>によれば、原告実は本件事故により、子供二人を実家に預けることを余儀なくされる等円満幸福な家庭生活を失ない、又、原告真一、同恵美子は、本件事故により母親の愛情に支えられた幸福な生活を送ることができなくされ、いずれもその精神的苦痛は甚大なものと察せられること、その他諸般の事情を総合して勘案すると、右原告らの苦痛を金銭をもつて慰藉するには、原告実は金八〇〇、〇〇〇円、同真一、同恵美子は各自金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(四)  弁護士費用

<証拠略>を総合すれば、原告実は、被告に対して本件事故による損害賠償請求をするも被告からは何ら誠意ある回答がなされず、よつてやむなく弁護士黒川厚雄に右損害賠償請求訴訟の遂行を依頼したことが認められる。

医療事故のように、主張整理・証拠収集が困難である場合には、弁護士費用は通常生ずべき損害というべきであり、本件死亡と相当因果関係にたつ範囲内で右費用は被告において賠償すべき責任があると解するのが相当である。

そして、本件においては、弁護士費用として金五〇〇、〇〇〇円が相当であるから、結局、被告は原告実に対して右金額を支払う義務がある。

(五)  よつて、第二次請求原因に基づき、被告は原告実に対して金一、三〇〇、〇〇〇円と昭和四二年六月二一日(付帯請求の起算日については、いずれも本件事故発生の当日たる昭和四二年六月二一日と解するのが相当である。)から右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、原告真一、同恵美子に対して、各金一、〇〇〇、〇〇〇円と前記の昭和四二年六月二一日から右各完済に至るまで前記の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うべき義務がある。

六結論

よつて、原告らの第一次および第二次各請求原因に基づく本訴請求は、前記認定の限度において理由があるから右の限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(黒木美朝 川原誠 雨宮則夫)

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